ADDRESS

082-874-5198

広島県 広島市安佐南区 祇園 3-6-1

hikari@gionkyokai.jp

当教会は、イエズス会管轄の修道会教会です。教会敷地内には、純心聖母会広島修道院、清心幼稚園が有ります。

1949(昭和24)年、日本と同じように戦後の復興に苦労するドイツの人たちから篤志を得て最初の聖堂が建てられました。1963(昭和38)年、聖霊に捧げて献堂された現在の聖堂は2013年、献堂50周年を迎えました。

祗園カトリック教会の特色
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12月24日 加藤信也 神父

December 27, 2017

12月24日 主の降誕(夜半のミサ)

 

■ルカによる福音書2・1-14

 

 そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。

 その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。

 「いと高きところには栄光、神にあれ、

 地には平和、御心に適う人にあれ。」

 

 

■加藤神父さまのお話

 皆さん、クリスマスおめでとうございます。

 私たちが教会でクリスマスを祝う頃は、一年が終わろうとする時期でもあります。一年の最後の月である12月は、特別な月だと思います。年の瀬の慌ただしさ、新年を迎える忙しさの中で、人が集まる。遠くはなれていた家族が帰ってくる。そしてこの一年を振り返りながら、家族や友人と喜び、あるいは悲しみもあるかも知れませんが、それらを分かち合います。また、プレゼントを贈り、互いの絆を確かめ合ったりもします。

 19世紀のアメリカの小説家に、短編を得意としたO・ヘンリーという人がいました。彼の代表作の一つに「賢者の贈り物」という作品があります。

 

貧しい夫妻が相手にクリスマスプレゼントを買うお金を工面しようとする。

妻のデラは、夫のジムが祖父と父から受け継いで大切にしている金の懐中時計を吊るす鎖を買うために、自慢の長い髪を売ってしまう。一方、夫のジムはデラが欲しがっていた鼈甲(べっこう)の櫛(くし)を買うために、自慢の懐中時計を売っていた。

 

 悲しく、しかし美しい「いきちがい」の話です。その時、二人の心にどんな思いがあったのか、その後、どうなったのか。それについては何も述べられていません。

 

 何かを誰かにプレゼントする。それは、受け取った人に喜びを贈ることです。では、どんな贈り物が、より大きな喜びとなるのか。それは、贈る人にとって、一番大切なものをプレゼントすることです。ご紹介したジムとベラもお互い、最も大切なものを手放しました。そこには、手放す「痛み」があったはずです。そして受け取る側には、大きな驚きと、感謝の思いがあるはずです。

 今から二千年前、神さまはこの世界に、一つのプレゼントを贈りました。贈られたものは、神さまにとって最も大切なもの、独り子イエスです。そしてこの独り子イエスも父である神と同じように、自分にとって一番大切なもの、自分の命をこの世に贈りました。

 ミサのたびに繰り返される聖変化のことば、

「皆、これを取って食べなさい。これはあなたがたのために渡されるわしのからだである」「皆、これを受けて飲みなさい。これはわたしの血の杯、あなたがたと多くの人のために流されて罪のゆるしとなる歌らしい契約の血である。これをわたしの記念として行いなさい」

 このような呼びかけとともに、イエスは自分自身の命を、私たちへのプレゼントとして差し出しました。

 

 世界の片隅で、ひっそりと祝われたイエスの誕生。世界で最初のクリスマスから二千年以上という長い時が流れました。今では世界中のあらゆる場所で、無数の人々がクリスマスを祝います。見捨てられ、殺されていった一人の男が世界に示したもの、それが今、世界を一つに結んでいます。時代や民族を超えた広がりや結びつきこそが、イエスの行った最も大きな奇跡と言えるでしょう。

 しかし同時に、誕生から二千年以上経った現代世界には、問題が山積しています。出口を見つけるのは決して容易でははありません。しかし「出口なし」と諦めてしまう前に、私たち自身が、暗闇の中で光となるように招かれている、私たち皆がそのことに気づくべきだと思います。難しい状況の中でこそ私たちが、否定的な感情ではなく、むしろ優しい心遣いをまわりの人々に向けることができるよう願いながら、クリスマスのミサを続けましょう。

 

 

 

 

 

 

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